『タナカヒロシのすべて』70点(100点満点中)
明日を生きる活力が沸いてくる映画
右翼チックな演説芸で一部にカルト的人気を誇る芸人、鳥肌実を主演にしたシュールな日常ドラマ。
かつら工場に勤める平凡極まりない男、タナカヒロシ(鳥肌実)。32歳で独身、友人も恋人もおらず、実家にパラサイトする退屈な彼の人生が、父の急死をきっかけに急転落しはじめる。ありえない程の不幸の連続に見舞われ、平穏だった日々は終わりを告げるのだが……。
『タナカヒロシのすべて』は、不幸すぎる男に訪れるちょっといい話、というやつだ。淡々とした日常を描くところから始まり、徐々にろくでもない不幸に巻き込まれる主人公の哀れなエピソードの連続へと物語は展開する。その流れの中にさりげなく、心地良い登場人物やイベントを織り交ぜ、決して飽きさせない演出が心憎い。
主演の鳥肌実は、その過激な芸風からは想像もできないシリアスな役柄を好感度たっぷりに演じており、物語のテーマにぴったりな役作りを見せる。また、周りを固めるユンソナ、加賀まりこ、宮迫博之、市川実和子といった配役もまさにベストチョイスといった印象で、終わってみると「上手いなあ」と感心しきりであった。
この映画最大の見所は、やはりあの突飛なラストシーンだ。これは予想を裏切る本当に見事なもので、私はとても感動した。こういうセンスを持った新人監督の登場は、邦画ファンにはうれしい限りだろう。
劇中に流れる音楽も良い。担当したのはムーンライダースの白井良明。彼は最近よく映画音楽を引き受けているようだ。
ひとつの希望が人生を救う、そんな『タナカヒロシのすべて』は、生きる気力が沸いてくる力強い一本だ。主人公の境遇に共感できる人が見れば、なかなか気に入ってもらえると思う。正直、あまり期待せずに見た分、よけいにお徳感の強い一本であった。