『ハサミ男』30点(100点満点中)

原作小説の方を先に読むほうがいい

殊能将之の傑作デビュー小説を豊川悦司主演で映画化した作品。

知的な女子高生ばかりを狙う連続殺人犯ハサミ男。その犯行の手口は、鋭利に研がれたハサミを、被害者ののど元に突き立てるというものであった。ハサミ男は次なるターゲットに目をつけていたが、驚くべきことにそのターゲットは別の人間により、殺されてしまう。しかものど元にはハサミ男の手口を真似た、粗悪なハサミが突きつけられていたのだった。プライドをひどく傷つけられたハサミ男は、独自の調査で真犯人に迫るのだが……。

殊能将之の同名小説は、私もずいぶん昔に読んでいる。抜群に面白い小説で、すばらしいトリックとどんでん返しをもち、何より舞台が以前すんでいた東京の目黒区周辺ということで、ずいぶんと楽しませてもらった覚えがある。

いよいよその映画化が見られるということで、普通のお客さん以上に期待していたという面は否定しない。なにより、どうしても疑問だったのが、あのトリッキーな小説をどのように映画化するのかという点であった。というのも、原作『ハサミ男』は、犯人による一人称の小説であり、それは書籍という「音の無い世界」だからこそ成立し得た形態なのだ。映画で同じことをやれば、声色で誰が犯人か、最初の数秒でわかってしまう。しかも、この傑作推理小説の最大のキモはこの語り口を除いてほかには無い。いったいどう映像化するのかと、私は興味深々であった。

結論として、「ああ、あの原作小説の世界はこういうものだったのか」という、視覚的満足はそこそこに得られた。映画版の展開も基本的には小説に忠実であり、ロケ場所も私の見覚えのある、記述上正確な場所ばかりだったからというのもある。

しかし、それをもってしても今回の映画版は上手な映像化とは言いがたい。映画版『ハサミ男』は30年前の火曜サスペンスのごときチープで古臭く、安っぽい映像で、劇伴音楽などもどうもイメージと違いすぎる。

最初から最後までリアリティが決定的に欠けているので、ラストのどんでん返しのありがたみも半減以下である。まず、警察が警察に見えない、会話内容がいいかげん、犯人の部屋が非現実的すぎる、エピローグがあまりに蛇足でおまけにばかばかしいほど子供じみているなど、文句のいいどころは枚挙に暇が無い。

あの小説最大のトリックを、あのような形で映像化した点は評価してもよいが、それを台無しにするほどのまずい要素があふれている。小説版と変更した点はすっきりまとまってはいるが、だからといって評価を上げるほどではない。

やはり、あれほどの小説をパーフェクトに映画化するのは無理であったか。願わくば、この10倍ほどの予算がほしかった。こんなにも安っぽい出来になるのであれば、映画化しないほうがよかったのではないか。原作小説があまりに優れているために、より悔しい思いでいっぱいである。



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