『レイ/Ray』85点(100点満点中)
ファン以外が見ても楽しめる見ごたえある伝記映画
盲目の天才ミュージシャン、レイ・チャールズの一生を描いた伝記映画。
1948年アメリカ、まだバスには黒人隔離席があった時代。17歳のレイ(ジェイミー・フォックス)はシアトルでピアノの才能を認められ、小さなバンドの一員としてクラブ等で演奏をはじめた。だが、彼が盲目である事をいい事に、バンドの老練な女マネージャーらはギャラを不当に搾取するのだった。
サザン・オールスターズの「愛しのエリー」をカバーした事で日本でもおなじみのレイ・チャールズは、ゴスペルとR&Bを初めて融合させたソウルミュージックのパイオニアとして知られる音楽界の革命者だ。既存のジャンルの壁を乗り越え、彼が生み出した楽曲は世界中でヒットを記録し、もちろんこの映画の中でもたくさん使われている。
そうした楽曲の作成過程のエピソードが面白い。彼はコーラスに自分の愛人をそろえていたが、実は往年のヒット曲のひとつはその愛人のために作られた曲であったり、ライブのあとに即興で作った曲だったりといった一種のトリビア的エピソードが劇中で披露される。レイ・チャールズ本人が15年間もこの映画の製作に関わってきただけあって、あまりどぎつい話のないいわば“オフィシャル伝記”ではあるものの、だからこそファンにとっては安心して楽しめる内容になっている。
映画は、7歳で失明するまでのパートと、大人になって成功の階段を駆け登るパートが交互に展開される。彼の人生と音楽の原点が、じつは子供時代のトラウマと母の教育にあったことがわかるようになっている。こうした構成は定番の手法でありわかりやすい。上映時間の長い映画(152分)だが、レイの人生が波乱万丈で興味深いこともあって、退屈とは無縁になっている。
その彼の人生だが、どうやら音楽と麻薬と女性の3点につきるといえそうだ。中でも手首を握って美人か否か見分けたという逸話には思わず笑った。そういえば同じく目が不自由だったアーティスト、スティービー・ワンダーも、女性をナンパするときなぜか一番の美人を指差して誘ったらしい。テレクラでこれだ!と言う女性と会っていつも失敗する私の周りの知り合い連中とはえらい違いだ。やはり人間、一流ともなれば、顔など見ずとも“いい女”をかぎ分ける能力があるのだろう。
話を戻すと、『レイ』で言及しなくてはならないのは主演のジェイミー・フォックス(「コラテラル」のタクシー運転手役など)の名演だ。実際にピアノの名手である彼は、オーディション時にレイ・チャールズと連弾し、徐々に彼についていくという名演奏を披露して見事本人から役を任されたという。日々12時間以上も目隠しして生活し、盲人の感覚をつかむなど、体を張った役作りの甲斐もあって見事な演技である。なお劇中のピアノ演奏シーンはすべてジェイミー本人が吹き替えなしで演じている。
これならレイ・チャールズファン以外の人が見ても、ちりばめられた有名曲のメロディにノって十分に楽しめるはず。無論、レイ・チャールズなど知らない、興味もないなんて人には厳しいが、CMソングくらいは聞いた事ある、って人なら試しに見てみると良いと思う。どっしりと見ごたえのある実にいい映画だ。なおレイ・チャールズ本人は、残念ながら本作の撮影終了直後、作品の完成とその全米での好評を待たずして昨年6月に亡くなった。