『ヴィタール』35点(100点満点中)

人体解剖にのめりこんだ記憶喪失の男の話

人体解剖をメイン題材とした個性的なドラマ。人間の生と死というテーマを独創性に富んだ映像表現で描くことで評価の高い塚本晋也監督(『鉄男』『六月の蛇』など)の最新作。

事故で記憶をなくした青年(浅野忠信)は、それでも以前と同じく医学生としての生活をはじめる。なくした記憶は相変わらず戻らないが、同時に人体の神秘にめざめた彼は、病的なまでに解剖実習にのめりこんで行く。

塚本監督は、もともと10年にもわたって解剖学についての資料を読み漁っていたそうで、本作の製作決定後はスタッフとともに実際の医学部の解剖実習に参加して、さらなるリアリティの強化に取り組んだ。実習シーンでは本物の医学生が多数参加し、キャストの指導にもあたったというだけあって、映画史上まれにみるリアルな「人体解剖」の場面が出来上がった。前腕の筋群を刺激すると指が曲がるなどという、異様によくできた模型・特殊メイクも見事だ。

かくいう私も、ボディビルダーとしての研究のため、とある国立大医学部の解剖実習に参加させてもらおうと交渉していたところだったため、興味深くこの映画を拝見した。ただ、実際の遺体が画面に出てくる場面はさほど多くなく、実習自体をよく見たかった私などは少々物足りなかったのだが。

それにしても、塚本監督が追い求めるテーマは、ついに肉体の内側へ、また精神や意識の内部にまでその興味を深めていったようだ。本作では、人間のもつ生命、精神の神秘を、人体解剖とその肉体の持ち主への愛という形で描いている。

浅野忠信演じる記憶喪失の男は、一見無感情に死体を切り裂いていくが、その内部には非常に熱い愛と大いなる尊敬の念を秘めている。……が、しかし正直なところ今回の塚本作品はあまりにマニアックすぎてついていける人は限られよう。相変わらず非凡さを感じさせる個性的な映画だが、いいたい事が伝わりにくく、普通に見て満足できるものではない。引き込まれるだけの魅力がある題材ではあるが、普通の人々にこれをオススメすることはいくらなんでも無責任といったところか。



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