『戦争のはじめかた』70点(100点満点中)
登場する戦車は、なんと個人が所有する本物
ドイツ・イギリス合作の反戦ブラックコメディ。トロント映画祭で絶賛された直後にアメリカで同時多発テロが起こり、その関係で5回も全米公開が延期されたという、時代に翻弄された作品。
舞台はベルリンの壁崩壊直前の西ドイツ、駐留米軍のとある補給部隊。平和でやることのないこの軍隊は、倫理観がすっかり麻痺してしまっている。主人公のエルウッド(ホアキン・フェニックス)は、物資をちょろまかして横流ししたり、軍の機材でヘロインを精製してブラックマーケットに流すなどやりたい放題だ。そこにやってきたのが新任の鬼軍曹(スコット・グレン)。今までと違い徹底的に不正を取り締まる彼に対し、エルウッドは彼の娘(アンナ・パキン)をナンパして憂さ晴らししようとするのだが……。
なぜ『戦争のはじめかた』がアメリカで公開延期されたかといえば、徹底的に軍隊をおちょくったその過激な内容に原因がある。実際にドイツで聞いた話を元にしたという米軍の腐敗エピソードの数々は、テロ後にナショナリズムが高まったアメリカでは到底受け入れられそうにないものであるというのはよくわかる。
戦車が迷子になって町をうろうろしたり、物資の横流しなどは実際にあった話だという(軍の装甲車両が迷子になったというニュースは先日も流れたとおり)。こうしたエピソードを、ドタバタではなくアイロニカルに、ブラックコメディとして描いている。演じるのはオスカー常連の演技派ばかりで、見ごたえたっぷりだ。
この映画が訴える戦争批判、軍隊批判は日本でよくあるお題目ばかりの平和主義とは違い、見せ方にもひねりがあって説得力がある。このように優れた作品であれば、たとえ保守的な考えの方が見たとしても楽しめるはずだ。
映像的な見せ場としては、やはり戦車の暴走シーンがあげられる。米軍がこんな内容の映画に協力するわけはないので、なんと本作で登場するエイブラムス戦車は、ドイツのミリタリーマニアが個人で収集しているコレクションだという。それも登場するのは一台や二台ではない。戦車部隊そのものが丸ごと画面にでてくるのだ。中には実際に建物や車を踏み潰し、大炎上するというド迫力の“演技”をするすごいヤツもいる。この場面は本当にすごいので絶対見逃さぬよう。
ストーリーもテンポがよく、まったく飽きることなく楽しめる。おちゃらけたコメディが嫌いな人にも向く。予算の割には上記の軍マニアの方々のおかげで安っぽさがまったくない。これはおすすめだ。