『ミラーを拭く男』60点(100点満点中)
とっぴな設定の中に普遍的なテーマを感じさせる
緒形拳主演のヒューマンドラマ。ややコミカルなタッチを織り交ぜ、定年間際で家庭崩壊目前となった男の苦悩と再生を描く。
定年間際の会社員(緒形拳)は、車で人身事故を起こしてしまう。被害者の少女は幸い軽傷だったが、その家族が執拗に家を訪れ金を要求するようになり、やがて会社へもいけず鬱状態になってしまう。家族との関係が徐々に悪くなる中、彼は突如事故現場のカーブミラーを皮切りに、日本中のミラーを拭き上げるため、一人旅に出てしまう。
苦悩する寡黙な男を、名優緒形拳が好演。ほとんどセリフはないが、存在感ある見事な表情で難しい役どころをこなしている。
「サンダンス・NHK映像作家賞」で認められた脚本は、監督の実体験を元に映像化されており、被害者が逆に加害者を追い詰める姿など、ディテールにリアリティがある。交通事故という、多くの人々に実感を伴って受け止められる事件をきっかけに、いとも簡単に人生が変わってしまう恐怖と、そこから何とか再生して行く希望を上手に描いている。
交通事故は、決してどちらかが一方的に悪いから起きるというものではないのだが、起こしてしまった時の精神的な落ち込みは相当つらい。そんな主人公を、旅先で出会ったまったく無関係な人々の小さな思いやりが徐々に癒していく様子は、大変心温まる。背景に流れるメロディが感動的だ。
元々俳優としては全くオジサンくさくないタイプの緒方と、重要な小道具である自転車、この二つが非常にカッコ良いため、案外スタイリッシュな印象になっているのも好ましい。さりげなくコミカルな要素を入れているのも同様だ。こうした作品の場合、あまり泥臭い映像にしてしまうと、印象が重たくなっていけない。
日本全国のミラーを拭いて回るだけの映画なのだが、カメラが色々と工夫して単調にならぬようがんばっている。それはほぼ成功しており、ちょっぴり感動的なラストまで、退屈せずに見ることができる。良質なドラマとして、なかなかのオススメだ。