『父と暮せば』60点(100点満点中)
舞台に忠実かと思わせつつ、ラストに見事に“映画”を見せる
井上ひさしの原作による舞台劇を、宮沢りえ主演で忠実に映画化した作品。「TOMORROW 明日」「美しい夏キリシマ」に続く、黒木和雄監督の戦争レクイエム三部作の完結編にあたる。……とはいっても、これらは全く別作品なので、前二作を見ていなくても何の問題もない。ただ静かに、しかし強く反戦を訴える点が共通する、テーマ性の強い作品である。
原爆投下から3年後の広島。図書館で働く主人公の美津江(宮沢りえ)は、心に傷を抱えながらも毎日を生きている。ある日彼女は一人の青年(浅野忠信)と出会い、淡い恋心を抱くが、原爆で愛する父を失ったトラウマから、幸せになることを心が拒否してしまう。それを見た父(原田芳雄)は、幽霊となって彼女の前に現れ、なんとかこの恋を成就させようと説得をはじめるが……。
登場人物は基本的に3名。物語のほとんどは、主人公の宮沢りえと、その父役の原田芳雄の会話劇となる。3人とも演技力は確かなものであり、こうした演技合戦が好きな人には見ごたえがあるだろう。
映画らしいダイナミズムを捨て去り、「舞台の空気感」を意識した演出がよくできている。役者を演技力を重視して選び抜き、台詞も練りに練って作ったことがはっきりとわかる(これがこの映画の大きな魅力だ)。シンプルなセットをバックに、完成度の高いストーリーが進行する。さすがは評判のいい舞台劇の映画化だと思わせる。
幽霊である父が、娘の幸せのために必死に説得を試みるというお話は、なんとも日本的で味わい深い。全編広島ことばのため、生まれも育ちも東京の下町である私などは時折何を言ってるのだかわからない部分もあったが、それでも映画の理解にとってさほどの障害にはならない。製作者が伝えたいことはちゃんと伝わってくる。
特にすばらしいのはラストシーンで、強い反戦メッセージであると共に、あまりの美しさにいつまでも心に残るものがある。このシーンだけは舞台では絶対に出来ない。まさに映画の面目躍如といった印象で、黒木監督もこれには自信があったことだろう。
娯楽性が低いから若い人には退屈だろうし、メッセージ自体は「戦争被害を見せることで反戦を描く」というありふれたパターンだからあえて強くオススメはしない。何といっても具体的に戦争を減らす役には立たないであろうこの手のテーマは個人的に好きではないのだ。
それでも、この映画自体はよく出来ているし、監督の演出力の確かさにはさすがと思わせるものがある。岩波ホールで見るにふさわしい良質の作品であるから、こういう作品をお好きな方は、安心して出かけてみるとよいだろう。