『HERO/英雄』80点(100点満点中)

深いテーマを恐ろしくリアルに描いた、稀有な娯楽映画

ジェット・リー主演の、ワイヤーワーク満載のアクション映画。

……といわれて想像するような、お気楽映画とは実は程遠い。『HERO/英雄』は、その見た目の軽さとは裏腹に、実に奥の深い映画である。人間の本質を鋭く見ぬき、深く理解した上で描いており、私は大変感心した。

物語の展開は、ジェット・リーが大王へ、敵の凄腕暗殺者を倒したときの武勇伝を報告するという形を取っており、その回想シーンがイコールアクションシーンとなっている。そして、話が進むごとに、新事実が明らかになり、それによって回想シーンも微妙に姿を変えていくという、黒沢明の『羅生門』スタイルである。

だから、暗殺者とJ・リーとのバトルシーンはそれぞれが単発だ。そして、それらはジェット・リー自身が身体を張った見事なアクションや、ワイヤーワーク、水滴や落ち葉を華麗に舞わせるような美しいCG効果によって、派手でインパクトのあるものになっている。

ワイヤー・ワークなど、我々映画をたくさん見る人間にとっては、もういいかげんに飽きてきたきらいがあるが、普通のお客さんにとっては充分驚きを与える技術で、面白いものであろう。

何億本あるんだかわからないような、矢の大群が迫るシーンなどはとても新鮮で、目を見張るアイデアといえる。これらを見るだけでも、充分に元を取れる。

だが、『HERO/英雄』が真に素晴らしいのは、決してこういう娯楽面の派手さではなく、社会に生きる人間の本質をズバリ描いている点だ。

この映画の結末は、あまり深く考えなければ、なんだか爽快感の少ない、「イマイチかな〜」と感じるものであるが、実はそうではない。見る人が見れば、この結末こそ最高のものであり、リアル、すなわち必然だとわかるものだ。特に、門の前でのジェット・リーの選択がリアルなのである。(あまり詳しくはいえないが)

私は、政治関係のライターもやっているからわかるのだが、これは、政治のセンスのある人にとっては、普段からよく考えていることを、映画化してくれた、という印象を持てる映画だ。こうした、現代にも通じる普遍的なテーマを、どうみても単なるド派手娯楽映画で描ききってしまった『HERO/英雄』には、感心しきりである。

深読みする人にはあの結末のジェット・リーの選択の意味を、そうでない人には見た目の派手さを楽しむという事で、万人に進められる、オススメ映画である。まさに必見だ。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.